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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)13078号 判決

原告

土屋寛

被告

八巻誠

ほか一名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自金二七一二万九六八四円及び内金二四七二万九六八四円に対する昭和五二年一月八日から、内金二四〇万円に対する本判決の確定日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求は各棄却する。

3  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告らの、その余は原告の負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自金八七六八万六三九七円及びこれに対する昭和五二年一月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を各棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生(以下、本件交通事故という。)

(一) 日時 昭和五二年一月八日午前一〇時五分ころ

(二) 場所 東京都新宿区西早稲田一丁目二三番一二号先路上

(三) 加害車 軽四輪乗用車(品川五〇あ一三六三)

(四) 右運転者 被告八巻誠(以下、被告八巻という。)

(五) 被害者 訴外亡土屋りさ(歩行者、以下、訴外亡りさという。)

(六) 態様 加害車を道路右端で待避していた被害者に衝突させて、同人を一旦ボンネツトに乗せたのち前方に転倒させた。

2  責任原因

(一) 被告八巻は、所有する加害車を自己のために運行の用に供していたものである。そして、同人は本件事故現場道路(通称三島通り)を西進中、自動車運転手として前方を注視して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、訴外亡りさに自車を衝突させた。

(二) 被告株式会社大森写真製版所(以下、被告会社という。)は、被告八巻の使用者であり、同被告は、被告会社の業務執行として前記加害車を運転中、右本件交通事故を発生させたのであるから、使用者として損害賠償責任を負う。

3  権利の侵害

(一) 訴外亡土屋りさ

(1) 訴外亡土屋りさは、本件交通事故により脳挫傷、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折、肋骨骨折、右大腿骨頸部骨折等の傷害を受けた。

(2) 訴外亡りさは、右傷害を治療するため、左の如く入院をやむなくされ(一五七一日間)、この間に六回にわたる手術を受けた(第一回、昭和五二年一月八日、右側頭血腫(凝血塊約三〇グラム)除去、外減圧、左側頭試験的穿頭の手術。第二回、昭和五二年一月一二日、右側頭の凝固血塊と脳挫傷部位(側頭葉前部三分の一)を除去する内減圧手術。第三回、昭和五二年一月一三日、気管切開手術。第四回、昭和五二年二月二五日、脳室腹腔短絡手術と頭蓋骨形成手術。第五回、昭和五二年三月一七日、右側大腿骨頸部骨折に対する観血的整復固定手術。第六回、昭和五三年一月、気管切開部縫合手術。)。

〈1〉 昭和五二年一月八日から同年五月二〇日まで訴外東京女子医科大学病院に入院(一三三日間)

〈2〉 同五二年五月二一日から同五三年一月四日まで訴外医療法人社団健育会熱川温泉病院に入院(二九日間)

〈3〉 同五三年一月五日から同月三〇日まで訴外東京女子医科大学病院に入院(二六日間)

〈4〉 同五三年一月三一日から同五四年九月三〇日まで訴外医療法人社団健育会熱川温泉病院に入院(六〇八日間)

〈5〉 同五四年一〇月一日から同五五年一月五日まで訴外東京女子医科大学病院に入院(九七日間)

〈6〉 同五五年一月六日から同月三一日まで訴外日本大学付属稲取病院に入院(二六日間)

〈7〉 同五五年二月一日から同年九月一六日まで訴外医療法人社団健育会熱川温泉病院に入院(二二九日間)

〈8〉 同五五年九月一七日から昭和五六年四月二七日まで訴外静岡県厚生連、中伊豆温泉病院に入院(二二三日間)

(3) 訴外亡りさは、昭和五四年八月一一日、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し常に介護を要する状態において後遺症状は固定し、その障害の程度は自動車損害賠償保障法施行令第二条所定別表の後遺障害等級表一級に該当すると認定された。

(4) 訴外亡りさは、昭和五四年九月一八日、訴外熱川温泉病院病室において、付添婦が病室内にあるトイレに行つた一瞬のすきに転倒し、左大腿骨頸部を骨折した。

(5) その後、訴外亡りさは、夫である原告だけは認識できるようにも思われる状態までは戻つたものの、頭部外傷による痴呆、健忘症状群、換言障害、構音障害等のため、独立した社会生活を営むに足る意思判断能力を有せず、常時、第三者の介助と保護を要する状態で日々を送つていた(なお、訴外亡りさは、昭和五四年一二月二四日、禁治産の宣告を受けた。)。

(6) 訴外亡りさは、昭和五六年四月二七日、右訴外中伊豆温泉病院で死亡した。

(二) 原告土屋寛

原告は、本件交通事故により妻である訴外亡りさを前項(一)記載のように負傷させられ、遂には死亡させられた。

4  損害

(一) 訴外亡りさの損害

(1) 治療費 金二三二二万六九二八円

訴外亡りさは、本件交通事故による傷害の治療のため、前記3、(一)、(2)記載のように入院し、また症状固定日である昭和五四年八月一一日以降においてもその生存のため入院して治療及び介護を受ける必要があり、それぞれ訴外病院に対し左記の相当性のある治療費(入院及び医療費)を支払うことを余儀なくされ、その合計は金二三二二万六九二八円となる。

〈1〉 訴外東京女子医科大学病院に対し、3、(一)、(2)の〈1〉の期間の治療費として金八九四万六八七〇円。

〈2〉 訴外熱川温泉病院に対し、右(2)の〈2〉の期間の治療費として金二二三万二四四七円。

〈3〉 訴外東京女子医科大学病院に対し、右(2)の〈3〉の期間の治療費として金三二万一三〇五円。

〈4〉 訴外熱川温泉病院に対し、右(2)の〈4〉の期間の治療費として金五四二万九六六一円。

〈5〉 訴外東京女子医科大学病院に対し、右(2)の〈5〉の期間の治療費として金二二六万二二七八円。

〈6〉 訴外日本大学付属稲取病院に対し、右(2)の〈6〉の期間の治療費として金一五万八三四〇円。

〈7〉 訴外熱川温泉病院に対し、右(2)の〈7〉の期間の治療費として金二四〇万二五七四円。

〈8〉 訴外中伊豆温泉病院に対し、右(2)の〈8〉の期間の治療費として金一四七万三四五三円。

(2) 付添費 金一〇八八万三七七七円

訴外亡りさは、昭和五二年一月八日から同五六年四月二七日までの間に、付添看護及び介護を受ける必要があり、訴外野村ハジメ外数名の付添婦に対し合計金一〇八八万三七七七円の支払を余儀なくされた。

(3) 逸失利益(休業及び後遺症分) 金七一一万二九五七円

訴外亡りさは、大正四年二月一八日生れの健康な女性であり、原告が経営する出版業新塔社において協力者として女子社員以上の貢献をし、かつ主婦としても充分の稼働をしていたものであるが、本件交通事故による傷害及び後遺症のため、事故日である昭和五二年一月八日から死亡した同五六年四月二七日まで完全に就労不能の状況下にあり、事故に遭遇しなければ右期間中、就業し、昭和五二年センサス第一巻第一表による全女子労働者の年間平均給与額金一五二万二九〇〇円に家事労働対価年額金三〇万円を加算した金一八二万二九〇〇円を一年間に財産上の利益として取得し得た筈であり、それによる逸失利益(休業損害及び後遺症逸失利益)は金七一一万二九五七円を下廻ることはない。

(4) 逸失利益(死亡分) 金六〇〇万五一七九円

訴外亡りさは、本件交通事故により前記のように昭和五六年四月二七日死亡したが(満六六歳)、同人はその平均余命(六六歳女子の平均余命は一五・七八年)の範囲内でさらに八年間就労しその財産的利益を得られた筈であり、その間の収入としては前記年間金一八二万二九〇〇円を得、その間の生活費は収入の五〇パーセントと見、新ホフマン方式により中間利息を控除して計算すると、訴外亡りさの死亡による逸失利益の現価は金六〇〇万五一七九円(一円未満切捨)である。

(計算式)

1,822,900×(1-0.5)×6.5886=6,005,179.47

(5) 入院雑費 金二四四万八〇〇〇円

訴外亡りさは、昭和五二年一月八日から同五六年四月二七日までの前記入院期間中、雑費として合計金二四四万八〇〇〇円の支出を余儀なくされた。

(6) 鑑定費用 金二三万円

訴外亡りさは、東京家庭裁判所昭和五四年(家)第三四九〇号禁治産宣告申立事件において、同人が独立した社会生活を営むに必要な意思判断能力を現在具備していない旨の鑑定を受けることを余儀なくされ、右費用金二三万円の支払を余儀なくされた。

(7) 慰藉料 金二九〇〇万円

訴外亡りさは、本件交通事故に基づき前記傷害を受け、前記入院治療の結果、一命を取りとめたもののいわゆる植物人間といわれる重篤なる後遺障害一級障害者として二年弱の日月を過した後、遂に死亡するに至つたのであり、事故の態様、被害者の無過失など諸般の事情を考慮するとき、訴外亡りさの精神的苦痛に対する慰藉料は金二九〇〇万円を下らないというべきである。

(8) 損害の填補 金二七三九万〇四四四円

訴外亡りさは、損害の填補として左記のような内訳の合計金二七三九万〇四四四円の支払を受領した。

〈1〉 自賠責保険金 金一二三〇万円

〈2〉 任意保険金 金一五〇九万〇四四四円

(9) 弁護士費用 金三〇八万五〇〇〇円

訴外亡りさは、被告らに対し傷害及び後遺症に関する損害賠償金の支払を求めるも、同人らがこれに応じないので、原告訴訟代理人に本訴の提起及び遂行を委任し、その報酬として金三〇八万五〇〇〇円を支払う旨約定した。

(10) 相続(訴訟の承継)

原告は、訴外亡りさの夫であり唯一の相続人であるが、訴外亡りさが昭和五六年四月二七日死亡したことに伴い、その相続人として右同人の権利義務を承継したので、同人の金五四六〇万一三九七円の損害賠償請求権を相続取得し、本訴訟の承継をしたものである。

(二) 原告の損害

(1) 慰藉料 金三〇〇〇万円

原告(明治四二年二月二九日生れ)は、昭和一三年一二月一日、訴外亡りさと婚姻し、出版業新塔社を創業し、夫婦協力しながら事業を発展に導き、子供がいないことから老境に入つてからも仕事と家庭の両面において同訴外人と労り助け合つて生活をしていたところ、突然、訴外亡りさは本件交通事故により重大な傷害を被つたうえいわゆる植物人間にさせられ、原告の事業は停頓しその家庭は完全に破壊され、妻の看護及び介護に心身ともに疲労し切つた状況のなかで、遂に同訴外人の死亡という事態に直面するに至つたのである。したがつて、原告は、妻である訴外亡りさを前記の経過及び諸事情のもとで後遺障害一級の障害者とせられ、死亡させられたことによる精神的苦痛は言語に絶するものがあり、その慰藉料は金三〇〇〇万円である。

(2) 弁護士費用 金三〇八万五〇〇〇円

原告は、被告らに対し、損害賠償金の支払を求めるも、同人らがこれに応じないので、原告訴訟代理人に本訴の提起及び遂行を委任し、その報酬として金三〇八万五〇〇〇円を支払う旨約定した。

5  結論

よつて、原告兼亡土屋りさ訴訟承継人土屋寛は、被告らに対し、各自、本件交通事故に基づく損害賠償金金八七六八万六三九七円とこれに対する不法行為日である昭和五二年一月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実中、(六)の道路左端で待機していた被害者という点は否認し、その余の事実は全部認める。

2  同第2項(一)、(二)の各事実は認める。

3(一)  同第3項(一)、(1)の事実は認め、(2)の事実中、数回の手術を受けたこと及び〈1〉ないし〈8〉の点は認め、その余は不知、(3)の事実中、自動車損害賠償保障法施行令第二条所定別表の後遺障害等級表一級に該当すると認定されたことは認め、その余は不知(後遺症の症状固定日は、昭和五三年四月三〇日である。)、(4)の事実は不知、(6)の事実は認める。

(二)  同項(二)の事実中、負傷と死亡の点は認め、その余は争う。

4(一)  請求原因第4項(一)、(1)、(2)の各事実は不知、(3)の事実中、訴外亡りさは大正四年二月一八日生れの女性であることは認め、その余は不知(後遺症に基づく逸失利益につき五〇パーセントの生活費を控除し、中間利息を控除すべきである。)、(4)の事実中、生年月日、死亡日は認め、その余は不知(中間利息の控除計算はライプニツツ方式によるべきである。)、(5)の事実は不知、(6)の事実は不知、(7)の事実中、後遺障害等級一級の認定を受けていることは認め、その余は不知ないし争う、(8)の事実は認め、(9)の事実は不知、(10)の事実は認める(但し、金額は争う。)。

(二)  同第4項(二)、(1)の事実中、原告の生年月日は認め、その余は不知ないし争う、(2)の事実は不知。

三  過失相殺の抗弁

本件交通事故の発生については、被害者である訴外亡りさにも歩車道を画するガードレールの外になる車道上を右ガードレールに沿つて歩き、車道の安全を確認して横断すべき注意義務があるのに、これを怠り、約一八メートル前方に接近中の加害車を確認することなく、左から右に斜め横断をした過失があるといえる。したがつて、この被害者及び被害者側の過失は損害額の算定に当り斟酌すべきであり、二〇パーセントの減額をすべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は否認する。訴外亡りさは、事故現場車道の左端ガードレールに接近して待避し加害車の通過をまつていたところ、同人の右大腿骨頸部に同車から衝突され、同車のボンネツト上にはね上げられたが、被告八巻はこの際ブレーキとアクセルを踏み間違え、加速後急停車したので、訴外亡りさは激しく前方路上に放り出されて転倒したのである。

第三証拠〔略〕

理由

一(1)  請求原因第1項(事故の発生)、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、(四)右運転者、(五)被害者の各事実は当事者間に争いがない。

(2)  同第2項(責任原因)、(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件事故の態様及び過失相殺について検討する。

原告本人尋問の結果(第二回)により真正に成立したと認められる第二六六号証、いずれも成立に争いのない甲第一号証、同第五二号証、乙第二ないし第四号証、同第五号証の一、二、同第六ないし第八号証、同第一〇号証、同第一二号証、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び被告八巻誠本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

1(一)  本件交通事故の現場は、全幅員約七・三五メートルうち車道約五・九〇メートルで、道路片道(南側)にはガード・レールで仕切られた幅員約一・四五メートルの歩行者用通路があり、片側(北側)には歩行者用道路はなく人家が立ち並んでおり、江戸川橋方面から明治通り方面へ向け、一方通行路として東西に通じる直線のアスフアルト舗装された平坦な乾燥した道路(通称、三島通り)である。

(二)  同所は、見とおしは良好な場所で、交通規制としては制限速度毎時三〇キロメートル、終日駐車禁止であり、現場付近に横断歩道及び信号機の設置はなく、事故当時の天候は晴であつた。

(三)  訴外亡りさ及び原告の居宅は、前記道路北側に面して位置し、後記衝突場所は同居宅の前である。

2  被告八巻は、前記日時ころ、前記自家用軽四輪乗用自動車を時速約三五キロメートルの速度で運転しながら、本件事故現場付近にさしかかつたところ、左前方約一八メートルのガード・レール近くに位置する訴外亡りさの後姿を認めたが、自車助手席上の書類を見るなどして気を奪われ脇見運転のまま右同一の速度で進行した結果、自車前部を右訴外人に衝突させるかさせないかの瞬間に自車正面やや左に立つ訴外亡りさに気付き直ちに急制動の措置をとろうとした。しかし、被告八巻は、ブレーキペダルを踏み違えてアクセルを踏んでしまい、直ちに踏み直して急停車したけれども、訴外亡りさに自車を衝突させて(衝突地点)、同人を自車ボンネツト上に跳ね上げ、フロントガラスに衝突させた後に前方に放り出して転倒させた。

3  訴外亡りさは、前記日時ころ、前記事故現場付近でガード・レールの近くからこれに沿い北西の方向に歩行してガード・レールから約一・六メートル離れた地点に進んだところを加害車に衝突させられ、右衝突地点からおよそ一五メートル以上前方路上に転倒させられて負傷した。

以上の事実を認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上認定の事実関係によれば、訴外亡りさは本件道路をガード・レール沿いに斜めに道路の内側に歩み入るに当り、後方からの進行車両の有無を確認するなどして歩行すべき注意義務があるところ、これを怠つた過失があるというべきである。したがつて、訴外亡りさ及び原告の各後記損害額の算定に際し、被害者及び被害者側の過失として斟酌するのが相当であり、その減額割合は一〇パーセントとするのが相当である。

三  訴外亡りさ及び原告の権利に対する侵害内容は、次のとおりである。

1  訴外亡土屋りさ

(一)  訴外亡りさが、本件交通事故により脳挫傷、急性硬膜下血腫、頭蓋骨骨折、肋骨骨折、右大腿骨頸部骨折等の傷害を受けたことは、当事者間に争いがない。

(二)  いずれも原本の存在とその成立に争いのない甲第二ないし第一三号証及び同甲第四七号証、いずれも成立に争いのない甲第六五ないし第七〇号証及び同甲第一一九、第一二〇号証、原告主張被写体であることに争いはなく、弁論の全趣旨により原本の存在及び原告主張の撮影年月日の写真であることが認められる甲第四八号証、原告主張の被写体であることに争いはなく、原告本人尋問の結果(第二回)により原告主張の撮影年月日の写真であることが認められる甲第一一四ないし第一一八号証及び原告本人尋問の結果(第二回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができる。

(1) 訴外亡りさは、前記の交通事故に基づく傷害を治療するため、以下のように入院をやむなくされた(合計一五七一日間)。

〈1〉 昭和五二年一月八日から同年五月二〇日までの一三三日間訴外東京女子医科大学病院に入院。

〈2〉 同五二年五月二一日から同五三年一月四日までの二二九日間訴外医療法人社団健育会熱川温泉病院に入院。

〈3〉 同五三年一月五日から同月三〇日までの二六日間訴外東京女子医科大学病院に入院。

〈4〉 同五三年一月三一日から同五四年九月三〇日までの六〇八日間右訴外熱川温泉病院に入院。

〈5〉 同五四年一〇月一日から同五五年一月五日までの九七日間訴外東京女子医科大学病院に入院。

〈6〉 同五五年一月六日から同月三一日までの二六日間訴外日本大学付属稲取病院に入院。

〈7〉 同五五年二月一日から同年九月一六日までの二二九日間訴外熱川温泉病院に入院。

〈8〉 同五五年九月一七日から昭和五六年四月二七日までの二二三日間訴外静岡県厚生連、中伊豆温泉病院に入院。(以上の事実は、当事者間に争いがない。)

(2) 訴外亡りさは、右入院期間中に、左記のような六回の手術を受けた(同訴外人が数回の手術を受けたことは当事者間に争いがない。)。

〈1〉 昭和五二年一月八日、右側頭血腫(凝血塊約三〇グラム)除去、外減圧、左側頭試験的穿頭の手術。

〈2〉 同年一月一二日、右側頭の凝固血塊と脳挫傷部位(側頭葉前部三分の一)を除去する内減圧手術。

〈3〉 同年一月一三日、気管切開手術。

〈4〉 同年二月二五日、脳室腹腔短絡手術と頭蓋骨形成手術。

〈5〉 同年三月一七日、右側大腿骨頸部骨折に対する観血的整復固定手術。

〈6〉 昭和五三年一月、気管切開部縫合手術。

(3) 訴外亡りさは、昭和五四年八月一一日、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し常に介護を要する状態において後遺症状は固定し、その障害の程度は自動車損害賠償保障法施行令第二条所定別表の後遺障害等級表一級に該当すると認定された(以上のうち、同訴外人が一級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。)。

(4) 訴外亡りさは、昭和五四年九月一八日、訴外熱川温泉病院の病室において、付添婦が病室内にあるトイレに行つた一瞬のすきに転倒し、左大腿骨頸部を骨折した。

(5) 訴外亡りさは、前記治療により夫である原告だけは認識できるようにも思われる状態にまで回復したが、頭部外傷による知能低下(知能年齢三歳)、健忘症候群(約二〇年間の逆行性健忘、失見当識、強度の記銘力低下)、換言障害、構音障害等のため、独立した社会生活を営むに足る意思判断能力を有せず、常時、第三者の介助と保護を要する状態で過していた。

(6) 訴外亡りさは、昭和五四年一二月二四日、東京家庭裁判所において禁治産の宣告を受けた。

(7) 訴外亡りさは、昭和五六年四月二七日、本件交通事故に基づく傷害により前記訴外中伊豆温泉病院において死亡した(死亡の事実及び年月日は当事者間に争いがない。)。

以上の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  原告

原告土屋寛は、本件交通事故により、後記認定の如く妻である訴外亡りさを前項認定のような傷害を負わされ、重篤なる後遺障害を残すの止むなきに至り、遂には前記認定死亡年月日に死亡させられるに至つた。

四  損害

1  訴外亡土屋りさの損害

訴外亡りさは、本件交通事故による前記認定の権利侵害に因り一個の人的損害を被り、これを構成する損害項目とその金額は次のとおりである。

(一)  治療費 金二三二二万六九二八円

いずれも成立に争いのない甲第二ないし第二四号証(うち甲第二ないし第一三号証については原本の存在も)、同第五三ないし第六四号証の各一、二、同第六五ないし第七〇号証、同第七一ないし第七六号証の各一、二、同第一六七ないし第一八四号証、同第一八六ないし第一八八号証、同第一九〇ないし第一九八号証、同第二〇一ないし第二〇九号証、同二一三ないし第二二二号証、同第二二五ないし第二三三号証、同第二三六ないし第二四四号証、同第二四七ないし第二五五号証、同第二五八ないし第二六一号証、同第二六四、第二六五号証及び原告本人尋問の結果(第二回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

訴外亡りさは、本件交通事故による傷害の治療費(入院及び医療費)として後遺症状の固定した昭和五四年八月一一日までの間に後記内訳の支出を余儀なくされ、後遺症状固定日の後、死亡日である昭和五六年四月二七日までの間に同訴外人の生存及び後遺症の障害程度の維持ないし悪化を阻止するために必要かつ相当な後遺症固定後のいわゆる治療費(入院及び医療費)として後記内訳の支出を余儀なくされ、その合計は原告が主張する金二三二二万六九二八円を下廻らない金額に達している。

(治療費)

(1) 訴外東京女子医科大学病院 金九一六万六九三〇円

(2) 訴外熱川温泉病院 金八一七万八四二二円

(後遺症固定後のいわゆる治療費)

(3) 訴外熱川温泉病院 金二九二万一六四六円

(4) 訴外東京女子医科大学病院 金一九〇万三一四一円

(5) 訴外日本大学付属稲取病院 金一五万八三四〇円

(6) 訴外中伊豆温泉病院 金一四六万一四七三円

(二)  付添費 金一〇三一万二六〇一円

原告本人尋問の結果(第二回)及びこれによりいずれも真正に成立したと認められる甲第二五ないし第三〇号証の各一ないし三、同第三一号証、同第三二ないし第三九号証の各一ないし三、同第四〇号証、同第四一ないし第四六号証の各一ないし三、同第七七、第七八号証、同第七九ないし第八三号証の各一ないし三、同第八四号証同第八五ないし第八八号証の各一ないし三、同第八九号証、同第九〇ないし第九八号証の各一ないし三、同第九九号証、同第一〇〇ないし第一〇五号証の各一ないし三、同第一〇六号証の一、二、同第一〇七ないし第一一二号証の各一ないし三、同第一一三号証、同第一二一号証の一ないし三、同第一二二ないし第一六六号証前記認定の事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、訴外亡りさは、昭和五二年一月八日から後遺症固定日の同五四年八月一一日までの入院治療に際し、付添看護を受ける必要があり、この間訴外野村ハジメ他数名の付添看護を受けたのであるから、同訴外人らに対する右期間中の付添看護費用、及び後遺症固定日の後になる昭和五四年八月一二日から訴外亡りさの死亡日である同五六年四月二七日まで同人が生活をするために常時第三者による付添介護を受ける必要があり、この間訴外野村他数名の付添介護を受けたのであるから、同訴外人らに対する右期間中の付添看護費用の合計金一〇三一万二六〇一円の支払を余儀なくされたことが認められ、他に右認定に反する証拠はなく、右認定金額を超過する付添費用を認めるに足る証拠はない。

(三)  逸失利益 金八二五万九七二五円

(1) 休業損害

原告本人尋問の結果(第二回)及び前記認定の事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、訴外亡りさは、大正四年二月一八日生れの健康な女性であり(事故当時は満六一歳)、原告の経営する出版業新塔社の業務を共に担う協力者として、かつ原告との二人の家庭生活における主婦として家事に従事して稼働していたものであるが、本件事故の結果、前記認定のように入院治療を受けることを止むなくされ、右事故に遭遇しなければ、昭和五二年一月八日から後遺症固定日の昭和五四年八月一一日までの間、事故前と同じように同年齢の平均的女性として稼働でき、相応の財産的利益を得られた筈であり、右利益は当裁判所に顕著な労働省発表の昭和五二年、同五三年、同五四年の各賃金構造基本統計調査報告第一巻第一表産業計、企業規模計、女子労働者、学歴計、六〇歳以上あるいは六〇歳ないし六四歳の年間収入額(昭和五二年、金一四六万六八〇〇円、昭和五三年、金一五八万五三〇〇円、昭和五四年、金一六六万二八〇〇円)を下らないと認められるから、休業損害として金四〇三万九八七二円(一円未満切捨)を被つたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

(計算式)

1,466,800÷365×358=1,438,669.59……〈1〉

1,585,300÷365×365=1,585,300……〈2〉

1,662,800÷365×223=1,015,902.46……〈3〉

〈1〉+〈2〉+〈3〉=4,039,872.05

(2) 後遺症及び死亡による逸失利益

原告本人尋問の結果(第二回)及び前記認定事実並びに弁論の全趣旨を総合すれば、訴外亡りさは、昭和五四年八月一一日後遺症が固定したけれども、同後遺障害のため一〇〇パーセントの労働能力を喪失し、同五六年四月二七日には死亡するに至り、本件事故に遭遇しなければ、昭和五四年八月一一日から同五六年四月二七日まで及び、死亡日の後、平均余命の範囲内で七〇歳まで稼働して前同様の財産的利益を得、この間、その利益の五〇パーセントを超えない生活費を要する高度の蓋然性が認められ(後遺症逸失利益の算定期間中、訴外亡りさは自己の生活費を支弁しなければならないが、この点は、前記認定の後遺症固定後のいわゆる治療費、付添費及び後記入院雑費の各項目下で斟酌したのであるから、本件事故がなければ支出すべかりし生活費は得べかりし利益の五〇パーセントを超えないものとして控除すべきこととなる。)、他に右認定を左右する証拠はない。

以上によれば、訴外亡りさの後遺症及び死亡による逸失利益の現価は、右認定事実を基礎としてライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると金四二一万九八五三円(一円未満切捨)となる。

(計算式)

1,662,800×(1-0.5)×5.0756=4,219,853.84

(四) 入院雑費 金八八万二〇〇〇円

訴外亡りさは、前記認定のように事故日から後遺症固定日の昭和五四年八月一一日まで治療のために入院し、八月一二日から死亡した同五六年四月二七日まで生存及び後遺症の障害程度の維持ないしは悪化を阻止するために入院を余儀なくされ、経験則に照らせば、昭和五二、五三年当時は一般に入院期間中は平均すると一日当り金五〇〇円、昭和五四、五五年当時は一日当り金六〇〇円、同五六年当時は一日当り金七〇〇円を下廻らない雑費を支出するのが通常であると認められるから、本件においても、右入院期間中右と同程度の支出をしたものと推定される。しかるとき、その合計額は金八八万二〇〇〇円となる。

(計算式)

723×500=361,500……〈1〉

731×600=438,600……〈2〉

117×700=81,900……〈3〉

〈1〉+〈2〉+〈3〉=882,000

右認定金額を超える入院雑費の支出を認めるに足る証拠はない。

(五) 鑑定費用 金二三万円

いずれも成立に争いのない甲第四九ないし第五一号証及び原告本人尋問の結果(第二回)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、訴外亡りさは、東京家庭裁判所昭和五四年(家)第三四九〇号禁治産宣告申立事件において、同人が独立した社会生活を営むに必要な意思判断能力を現在具備していない旨の鑑定を受けることを余儀なくされ、右費用として金二三万円を下廻らない金員の支払を余儀なくされたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

(六) 慰藉料 金一三〇〇万円

前記認定の本件交通事故の態様、傷害の程度及び内容、治療期間とその経過、後遺障害の程度及び内容(後遺障害等級表一級該当)、その後の入院治療期間、禁治産宣告を受けたこと、そして遂に死亡するに至つたこと、その他諸般の事情を総合すると、本件交通事故により訴外亡りさが被つた大きな精神的苦痛を慰藉するのに相当な賠償額は金一三〇〇万円を下廻らないと認められる。

(七) 合計と過失相殺による減額

以上認定の前記(一)ないし(六)の各損害項目の金額を合計すると金五五九一万一二五四円となり、右金額に前記過失相殺による一〇パーセントの減額をすると金五〇三二万〇一二八円(一円未満切捨)となる。

(八) 損害の填補 金二七三九万〇四四四円

訴外亡りさが、損害の填補として〈1〉自動車損害賠償責任保険金一二三〇万円と〈2〉任意保険金一五〇九万〇四四四円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

(九) 弁護士費用 金二二〇万円

弁論の全趣旨によれば、訴外亡りさは原告訴訟代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していたと認められるところ、本件事案の内容、審理経過、難易度、前記損害項目の金額に鑑み、相当因果関係がある弁護士費用は金二二〇万円であると認めるのが相当である。

(一〇) 相続(訴訟の承継)

原告土屋寛が、訴外亡土屋りさの夫であり唯一の相続人であつて、訴外亡りさが昭和五六年四月二七日死亡したことに伴い、その相続人として右同人の権利義務を承継したことは当事者間に争いがない。したがつて、亡土屋りさの本訴訴訟の承継をした原告は、同訴外人の本訴損害賠償金二五一二万九六八四円の請求権を承継取得した。

2  原告土屋寛の損害

原告は、本件交通事故により前記認定のように妻亡りさを傷害、ついで死亡させられ、これに因り一個の人的損害を被り、これを構成する損害項目とその金額は、以下のとおりである。

(一)  慰藉料 金二〇〇万円

原告本人尋問の結果(第一、二回)及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告(明治四二年二月二九日生れ)は、昭和一三年一二月一日、訴外亡りさと婚姻し、出版業新塔社を創業し夫婦協力して事業を発展に導き、両名の間に子供がいないことから老境に入つてからも仕事と家庭の両面にわたり妻訴外亡りさと労り助け合い生活をしていたところ、本件交通事故により妻をいわゆる植物人間と化せられ、原告の事業及び家庭は大きな打撃を受け、原告自身心身ともに疲れ果てた状況のなかで妻の死亡という悲痛な事態に立ち至り、七二歳の老境に至り突如別れの言葉を交すこともなく妻を失い天涯弧独の身となつたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。以上の認定事実及び前記認定の諸事情並びに訴外亡妻りさに対し前記金額の慰藉料が認められていることなどを総合すれば、原告の右精神的苦痛を慰藉するのに金二〇〇万円をもつて相当とすると認められる。

(二)  過失相殺による減額

右認定の損害額に前記一〇パーセントの被害者側の過失を斟酌して減額すると金一八〇万円となる。

(三)  弁護士費用 金二〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に対し本訴の提起及び遂行を委任し、その費用及び謝金として相当額の支払を約していると認められるところ、本件事案の内容、審理経過、難易度、前記損害項目の金額に鑑み、相当因果関係ある弁護士費用は金二〇万円であると認めるのが相当である。

五  結論

よつて、原告兼亡土屋りさ訴訟承継人土屋寛は、被告らに対し、各自、本件不法行為(交通事故)に基づく人的損害賠償金合計金二七一二万九六八四円と内金二四七二万九六八四円に対する不法行為日である昭和五二年一月八日から、内金二四〇万円に対する本判決の確定日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 稲田龍樹)

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